【自分史】5歳編

今回は5歳の自分を振り返っていきたいと思います!


さて、前回の記事では4歳の頃の私を振り返りましたが、

・1人が好きで、人とコミュニケーションを取るのが苦手。
・親戚は大好き、仲の良い人と少しでも離れる事が嫌。

だった事を思い出しました。


今の自分もそんな感じだよなぁと、なんだか懐かしい気持ちになります笑


【自分史】0歳〜3歳編
【自分史】4歳編


さて、今回も前回と同様、昔の自分を振り返ってみたいと思います。

5歳

「祖父の死」

これが1番の出来事でした。(あらかじめ、宗教ではない事をお伝えしておきます。)

相変わらずの人嫌い

あいも変わらず人と関わることが大嫌いだったことは鮮明に覚えています。

人と話すとしても、基本的には親族のみ。



それほど人と関わることが大嫌いだったんですね。

しかしその分、家族との思い出は多く残っています。



例えば、雷が酷かった日、寝室で母親と妹と布団に包まりながら父の帰りを待っていたことを鮮明に覚えています。

他にも、私が風邪を引いた時、母親が必死に看病してくれた事、体が暑くて死にそうだった時に、スーパーカップのバニラ味のアイスを食べさせてくれた事、母親が作るハンバーグを後ろから見ていた事など、数多の記憶を鮮明に覚えています。


中には、車の窓ガラスに首を締められたような苦い記憶もありますが、それですら今でも鮮明に覚えているほど、家族との記憶は鮮明に残っています。




また、家族との記憶の他にも、田舎だった事もあり、ご近所付き合いが濃かった事も覚えています。

アパートのオーナーだったおばちゃんとお話ししたり、近所の公民館の集会に顔を出してみたり、家の近くのお気に入りの場所でおおばとお話ししたり、とにかくお年寄りの方と話すことが楽しかったことを覚えています。


今の私に共通することですが、年配の方と話す事に楽しさを覚えるのは、もしかすると当時の楽しかった記憶が影響しているかも知れませんね。


それほど、家族や近所のおじちゃんおばちゃんとお話しすることが大好きでした。

最愛の祖父の死

最愛の祖父の死


私にとって、これほど鮮明に残っている記憶は他にありません。


祖父は私の事を溺愛していたそうで、祖父の遺影は私を抱っこしたものを使用しているそうです。



当時、祖父が倒れた時の記憶は鮮明に残っています。

1回の階段の前で倒れた祖父の姿。
そしてそれに対して慌てふためく親族の光景。
病院での面会など。

一連の騒動を事細かく覚えています。


そして勿論、お葬式の日の事も覚えています。

私はオレンジジュースを持ちながら、1人椅子に座りながらずっと考え事をしていました。

祖父は不動産経営をしていた事もあり、西武の選手との深い親交など、考えられないほどの幅広い人脈を有していました。

もし祖父がまだ生きていたら、今頃私もそのような人達とお話しできていたのかなぁなんて思ってしまいます。



私は、人生において何度か死にそうになった瞬間があります。

車に跳ね飛ばされたり、ロードバイクでの事故など。

ただどれも、奇跡的にほぼ無傷で事が済んでいます。

また、私は風邪を引いた事がほとんどありません。
(風邪という名のずる休みはした事がありますが...笑)

これも一重に、亡くなった祖父のおかげだと私は信じています。


ここまで私が祖父の事を信じているというのも、理由があります。


それは、祖父がよく私の前に現れるからです。

22歳にもなると、重要な決断を迫られる経験を何度かしてきました。

それら全ての重要な判断をする時、必ずと言って良いほど祖父が夢の中に現れ、私にアドバイスを送ってくれるのです。

そして、私はその祖父のアドバイスに従い、後悔した事が一度もありません。
言うなれば、そのアドバイスは必ずと言って良いほど、私を正解の道へと導いてくれるのです。(他の道を選んでいたらどうなっていたかどうかなど分かりませんが、私はこれまでの人生において、後悔したことがほぼありません。)


さらに言うと、私は学校のテストやその他大事な試験を受ける前、祖父の墓と仏壇に必ず出向き、お祈りをします。

このお祈りの成果もあり、私は高校大学では首席成績、そして大事な試験では必ず合格を勝ち取っています。



祖父は、私の中で確実に生きているのです。

そして私は祖父の意思を受け継いでいるのではないかと感じる事もあります。

祖父は生前、家族には内緒で、何人かの友人らと共に、発展途上国に学校を建てていたそうです。

そう、これは今の私の夢と同じなのです。


私の夢は、学校を建てること。

この夢ももしかすると、祖父の意思を継いでいるのかも知れませんね。



私の人生、常に祖父と母親が側にいてくれました。

不思議と1人でいる時も、背中に暖かさを感じ、孤独に感じる事がないのです。

守神として祖父は、常に私の事を見守ってくれています。(実は私の実家の寝室は、祖父の墓が見える位置にあるのです。)


祖父と、一度直接話してみたい。

今、今後の人生をどうしていくか、悩みに悩みまくっている私の話を聞いてほしい。一度だけで良いから大人になった私の話を聞いてもらいたい。そして祖父の生き様を聞きたい。

そう願うものの、祖父はもうこの世にはいません。




しかし、常に祖父は私の側にいてくれる。大事な時に出てきてくれる。
だからこそ私は、1人でも孤独だと感じず、頑張り続ける事が出来る。


祖父の死は悲しいものでしたが、今でも私の事を見守り、アドバイスを送り続けてくれています。



私が5歳の頃から、祖父は私の1番側で見守ってくれる掛け替えのない存在なのです。

母親談

大きな出来事としては、祖父が亡くなった事。

一輝(私)の事をとっても可愛がっていたそう。
祖父からしたら初孫だし、自分が父親だった時には子供(叔父と母)と関わる事があまりなかったのもあって、孫ってこんなにも可愛いもんなんだって言っていたそう。

今でも生きてたら…って思うと、もっともっと一輝の成長を見たかっただろうなって思う。57歳で亡くなったからね。若すぎたよね。

話を聞いて

やはり祖父との関係が、私にとっては非常に大きかったんだなと感じます。

もう一度、直接話せたらなぁ。

最後に

私が最も尊敬する人、それは亡くなった母方の祖父で間違いなさそうです。

祖父が常に側で見守っていてくれたからこそ、ここまで大きな怪我や病気をする事もなく、育つ事ができました。


そして人と違う道を歩むことを決意する事ができたのも、間違いなく私に祖父の血が流れているからだと思います。


祖父とあの世で再会した際に、胸を貼って自分の生き様を語れるよう、これからも日々精進していきたいと思います。




5歳の頃の記憶は祖父の印象が強すぎるあまり、他の出来事をあまり思い出す事ができませんでした。

しかしこの年は、曽祖父も亡くなった年でありました。
曽祖父の記憶は鮮明に残っていませんが、それでも私の事を常に見守ってくれているはずです。


私はつくづく、優しい心の方々に囲まれながら育ってきたんだなぁと実感します。


この優しさを、次は私が他の方々に還元していけたらなと思います。


その為に今は、還元できるだけの実力を身に付けるのみです!!!



では、5歳の自分史の振り返りはここまでにしたいと思います!


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