【自分史】7歳編

今回は7歳の自分を振り返ります!

7歳の頃というと、小学校に入学し、新しくできた幼馴染の友人らと共に遊びまくっていた印象が強いです!


さて、前回の記事では、幼稚園時代にずっと1人で自然と戯れていた事を振り返りました。

本当に1人でいる事が好きだったかどうかは当時の自分に聞かないと分かりませんが、今でも1人で黙々と作業を進めている事が好きなので、おそらく本当に好きだったのだと思います。笑



【自分史】0歳〜3歳編
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【自分史】6歳編


さて、今回も前回と同様、昔の自分を振り返ってみたいと思います。

7歳

「小学校への入学」

これが1番の出来事でした笑

小学校への入学

小学校への入学、これが1番ですね。

クラスは1年3組(青色クラス)で、そこで初めての友達ができたことを覚えています。

その友達とは家も近かった為、帰りは一緒に帰ったなぁ。


朝も、基本的には班を作って登校していた為、絶対寝坊する事ができない環境でした。

今思えば、当時は必ず21時前に寝ていて、少しでも21時を超えることのないよう、めちゃくちゃ意識していた記憶があります。

この頃から、時間意識の強さが身に付いたのかもしれませんね。


朝はおはスタを見ていて、朝食はパンを食べていた記憶があります。

登校班では山崎と同じ班だった記憶があるようなないような...

なんだか物凄く懐かしいです笑


ちなみにこの頃は、半袖プライドがあり、1年中半袖半ズボンで過ごしていました。

今でも長袖は嫌いなのですが、この頃から嫌いだったようですね笑

家の周りでの出来事

小学校からは1軒家の新居(隣は祖父宅)に住み、周りは林で囲まれ、近くにお墓がありました。

今はなくなってしまいましたが、裏路地も木が生い茂っていたのを覚えています。

当時は家が近かった友人(一成と幸之助)と仲良くなり、近くの自然でずっと遊んでいいたことを覚えています。(今思えば、幼馴染と言える存在がいる事が大きかったなぁ。今ではほとんど会ってないけど、久々に会いたい...)


自宅と一成宅の裏が林で繋がっていたこともあり、そこで鬼ごっこをしたり、蔵の中で遊んだり、近くのゲートボール場で遊んだり、ドブに落ち泣きながら助けを読んだり(ミカドペットのおばちゃんが助けてくれたなぁ)、本当に自然と一成と幸之助としか遊んでいた記憶がないですね。


たまーに、幼馴染の女子の家に侵入する遊びなどをすることもありましたが、基本的には自分を含めた3人で鬼ごっこなどをして、たまに家の中でゲームをしていた記憶があります。

好きだった事

この頃も夏が大好きだったなぁ。

夏といえば、祖母宅にお泊まりしたり(夜は祖母の隣で寝てたなぁ)、カブトムシを裏庭や畑に捕まえに行ったり(たまに父とも取りに行ったなぁ)、祖母とレッドアローやSLに乗って秩父に行ったり、アリの巣に水を流し込む遊びをしたり、アサガオを1から育てたり、従姉妹と遊戯王で遊んだりなど、様々な楽しい体験をしました。


また、夏には従姉妹も隣の祖父宅に泊まりにきており、一緒にムシキングのカードを見たり、縁側でキンキンに冷えたスイカを頬張っていた記憶があります...


本当にスイカが大好きだったなぁ(今でも1番好きな食べ物だけど...)


ちなみにムシキングの記憶といえば、強さ200のカードが一度も出ず、デパートのムシキングコーナーに何度も並んでいた記憶があります。

祖母宅に泊まりに行った時は、必ず祖母と一緒にSEIYUかダイエーに行き、1000円を握り締めながらムシキングのコーナーに並んでいました。

本当にあの時は、ムシキングが大好きだったなぁ。




またこの頃はサンタクロースの存在も信じており、枕の横に大きい靴下を置いておいた記憶があります。


確かゲームか望遠鏡を頼んだのですが、12/25当日の朝は興奮のあまり、サンタクロースからの贈り物でずっと遊んでいた気がします。

ちなみにクリスマスの前には、トイザラスのおもちゃ雑誌を眺めているのが本当に好きで、学校から帰宅後ずっと眺めていた記憶があります。


本当に楽しかったなぁ。


嫌いだった事

運動が全体的に嫌いだった記憶があり、特に水泳は大嫌いでした。

プールの授業では絶対に1番低いレベルで、夏には講習まで行った記憶があります。


しかし、プール後のあの爽やかさ、そして地獄のシャワーの楽しさ、プールの講習を終えて自宅に帰る途中のあの暑さは、今でも記憶に残っているくらい、楽しかったものとして覚えています。

夏、好きだなぁ。


ちなみに運動は嫌いだったものの、パワー系の種目は得意であり、ハンドボール投げと握力は学年1位か2位だった記憶があります。

その代わり体が硬く、この頃から不器用なパワー野郎だったんだなぁとしみじみ...


他に嫌いなことと言えば....


不思議なことにあまり出てこないんですよね。(強いていうなら、夏休みに出ていた縄跳びの宿題が嫌いだったくらい...。あ、友達が家で嘔吐した時も嫌な気持ちになったな笑)


この頃は毎日が楽しく、嫌なことなんてほとんどありませんでした。


ですが、今では親友の1人である友達から、傘で叩かれるなどのイジメを受けた記憶は僅かに残っています。

母親談

父曰く、急に「父さん!父さん!」と言う事が多くなり、凄く嬉しかったらしいです。

それまでな何かと「母さん」だったけど、その頃から何故か増えたそう。

ある意味男っぽく(父を手本とする事が多くなった)のかな??


小学校入学後もどちらかというと活発なタイプではなく、そういう子からいじられる(いじめられていた訳じゃなく)事の方が多かったかなぁ…というイメージ。

ただ、内面とは裏腹に、身体は相変わらず同年代の子と比べて大きかったし、力もあったのはとても覚えてるそう。


サッカーは幼稚園内での延長でやっていたので(好きでやっていた訳ではない感じ)、小学校に入ってからは何も習い事もせず、周りの子がスイミングや公文や英会話などをやっていても何もやりたがらなかったそう。

母自身も一輝に勧めたりは全くしなかったので(今思うと、少しはお母さんの方から誘導して何か経験させていたら違っていたかな...?と少し反省する部分もあるそう)、相変わらず交友関係も広がらず、家族と学校との記憶しかないらしい。

ちなみに、母が習い事を押し付けたりしなかったのは、それまでの一輝の性格とか雰囲気からだそうで、一輝が自分から言い出した時には、何でもやらせてあげたいと思っていたそう。

慎重なタイプであまり自分を出す感じじゃなかったらしく、本人がやってみたい!って言った時が本当のタイミングだろうなって思っていたそう。

そのため、周りの子が色々やってても母自身焦りとかは全くなかったそう。

話を聞いて

「慎重なタイプであまり自分を出す感じじゃなかった」っていうのは今の自分にも当てはまる気がするなぁ。

また、母が習い事を押し付けたりしなかったのも、今の自分を形成する上でものすごく大切なものな気がする。

これやれと言われる事が嫌い+苦手なのも、きっとこの頃の影響が大きいんだろうなぁ。

最後に

初めてできた仲の良い幼馴染と毎日夕方まで遊んでた時の記憶が強く残っています。

毎日泥んこになるまで遊んで、家に帰ったらすぐにポカポカのお風呂に入り、母の作りたての美味しいご飯を食べ(ちなみに我が家の夕ご飯は90%作り立ての状態で出てきます)、21時前には必ず寝る。

そんな毎日が幸せだったなぁ。

昔の自分を噛み締めて、今を必死に生きていきたいと思います!



では、7歳の自分史の振り返りはここまでにしたいと思います!


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