【イップス】という名の地獄-vol.1

今回は私の人生において、最大の地獄だった「イップス」についてお話しします。

とても1記事では収まりそうにないので、全数回に分けて説明していく予定です。


本記事ではまず、イップスになる前のお話しをするので、興味のない方は次回の記事からお読み下さい。


では、ここから本編に入ります。

遠投大好き小学生

祖父や父が野球をしていたこともあり、小学5年生から本格的に野球を始めました。

以前からボールを投げるのが得意で、地元の少年野球チームでもレギュラーで試合に出させてもらっていました。

ポジションは主にサードかレフトで、肩が強かった事から投手を任されることもありました。


当時は野球が好きというより、ボールを投げることが大好きで、遠投ばかりしていました。


少年野球チーム以外でも、学校での休み時間や放課後には毎日野球をしていて、本当にボールを投げる事が大好きでした。


好きこそ物の上手なれと言うじゃないですか、本当にその状態で、投げれば投げるほど肩が強くなっていく感覚はとても楽しかったし、それで周囲の大人を驚かせるのが大好きでした。


また、ヤクルトジュニア(プロ野球のヤクルトのJr.チーム)のセレクションでも、遠投ではトップか2位の成績を叩きだし、周囲の人からはかなり驚いた表情をされました。



本当に、ボールを投げる事が大好きだったんです。

ピッチャーで頑張った中学生

シニアチームに入るか悩みましたが、地元の友達と一緒に野球がしたかったため、中学の軟式野球部に入りました。

(ちなみに、中学は私の野球人生の絶頂期と言えます。理由は次回の高校生編の記事で分かるでしょう。)


小学生の頃に遠投ばかりしていたため、肩がかなり強くなっていた事、そしてどうしても投手をやりたかった事から、私は部活内での投手の試験を受け、晴れて投手として本格的にプレーできるようになりました。


投手としての練習はとても面白く、毎日がとても楽しかったです。


特に、校舎の端から端まで遠投が届いた時のあの感覚は忘れられません。本当に気持ち良かった。


そして肩が強かった事から、球速もそれなりに上がり、中学2年生の冬に計測した際には「138 km/h」まで出るようになりました。


遠投すればするだけ球速が上がる。


当時は本当に天国のような毎日でした。


また、試合でも基本的に打たれることはなく(三振 or 四球タイプ)、わりかし活躍できた為、市の選抜チームにも選出されました。


中学生まではこのように、かなり順調な野球生活を送る事ができ、天狗になっていた部分もありました。


また、部活を引退した後には、市の選抜チームのチームメイトと共に、後に進学する事になるSG高校のセレクションを夏休みに受け、特待生枠を得る事ができました。


「特待生とかまじかよ!」

と興奮していた私は、当時受験を考えていた文武両道の県立校への受験勉強を完全に止め、塾で勉強する友人らを横目に、家の前や近くのグラウンドで壁当てばかりしていました。


ちなみに、当時のこの決断が、後に大きな後悔を引き起こす1つのきっかけとなります。

最後に

イップスになる前のお話をしましたが、これはあくまで序章です。

ここから先、初めて味わう本当の地獄が待ち受けているとは当時は想像もできませんでした。


次回の記事では、遂にイップスを経験する事になる高校生編に突入します。

お楽しみに。



では、本記事はここまでにします。


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