【イップス】という名の地獄-vol.3

今回からイップスを患うきっかけになった出来事に入ります。

おそらく当時のこの経験が、良い意味でも悪い意味でも私の人生を最も大きく変えました。


勉強を頑張るようになったのも、野球がこんなに辛いものなのかと感じるようになったのも、全て当時の経験があったからこそです。


今でも思い出す度に後悔が止まりませんが、当時の事をいつでも思い出せるように、このブログに残しておきたいと思います。


では、ここから本編に入ります。

1つの転機

今でも覚えています。

あれは5月上旬の事です。


いつも通りピッチング練習をしていると、監督がブルペンの横まで見学しにきました。

最初は何も言わずただじっと見ているだけでしたが、次第にアドバイスが入るようになります。

「もっとこうしてみるのはどうだ?こっちの方が良くないか?試してみてくれ!」


監督の言うことは絶対だと信じていた私は、全て監督に言われた通りの事を試しました。


しかしどれも、いまいちピンときません。
それは監督も同じ事を考えていたと思います。


そして遂にその時が訪れます。監督が私に

「腕を思いっきり内側に回すように投げてみろ」

そう言ったのです。


監督に逆らえなかった私は言われた通りにやりました。


その時です。


「ぼき。」


信じられないほどの激痛が走りました。

小学生の時に体験した骨折以上の痛みです。


到底これ以上ボールを投げる事はできませんでしたが、監督にアピールしなければならないと、痛みに耐えながらもその後もピッチングを続けました。

地獄の始まり

ここからです。本当の地獄が始まったのは。



ピッチング練習を終えた私は痛みに耐えられず、すぐさまアイシングをしました。

しかしそれでも激痛は治らず、翌日も、そして翌々日もボールを投げることができませんでした。


しかし、「夏大のメンバーに入れるつもりでいる」と言われた私は、このままではダメだと、強引にキャッチボールを再開したのです。

余談

後に判明する事になるのですが、この時私は三角筋という部位を損傷していました。

三角筋とは何か、詳しく気になる方はこちらの記事をお読み下さい。

この三角筋という部位は、送球動作においてとても重要な役割を果たします。

従って三角筋を損傷していた私は、到底ボールを投げられる状態ではなかったのです。

時間をかけていれば何事もなく治っていた「三角筋損傷」

しかし強引にキャッチボールを始めた事で、その傷は悪化していきます。


また、三角筋が十分に機能していない状態で投球動作を続けた事で、私のピッチングフォームは徐々におかしな事になっていきます。

そう、これこそがイップスへの始まりの第一歩となるのです。


そして怪我を我慢しながら練習を続けた私は、遂に痛みに我慢できなくなり、怪我をしたかもしれないと監督に告げたのです。


監督はとてもガッカリしていました。

そして監督は、私にとある接骨院を紹介してくださりました。


そう、この接骨院での経験が、私をさらなる混沌の中へと突き落とす事になるのです。
(あらかじめ説明しておきますが、接骨院のスタッフの方は何も悪くありません。当時の私を知っている人は、おそらくその接骨院の事をご存知だと思うので、その方達向けへの文章です。)

最後に

この怪我から、私の野球人生は大きく変わります。

そして私の人生観、性格全ても、この怪我を機に大きく変わります。


今の自分という性格が形成される上で、当時のこの経験が与えた影響は計り知れないほど大きいものでした。


次回からは、そんな怪我をした後の野球生活、そしてイップスに至ったきっかけについて、お話ししていきます。


お楽しみに。



では、本記事はここまでにします。


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