【イップス】という名の地獄-vol.15

前回の記事では、複数人指導者がいる場合、誰を信用すべきか戸惑う事についてお話ししました。

「この人の言うことは絶対に信じる」

そう心に誓える指導者を1人決めておく事で、いざという時の意思決定がブレなくなります。(もちろん最後は自分自身の確固たる意志を持つ事が大事ですけどね。)


今回の記事では、自分で自分の首を絞める事になった出来事についてお話します。

では、ここから本編に入ります。

逃げ道へ

引き続きコバトレと接骨院の先生に言われたメニューをこなす日々を続けていましたが、それでも一向に怪我の状態は良くならないまま、高校1年生の夏休みは終わりました。


そして普段通りの授業も始まり、精神的にも少し楽になれました。


私の中で勉強は野球から逃げるツールであった為、学校での授業は本当に天国で、学校生活はまさに楽園のような場所でした。(野球部のグラウンドに本当に行きたくなかった...)


以前の記事でも話しましたが、その結果私は勉学にコミットし、所属するコースで常にトップの成績を取れるようになりました。


また、生物が大好き+得意であった事から、野球部では超激レア(毎年学年に1人いるかいないかレベル)の理系を選択する事に。



しかしこれら一連の行動により、野球部員との心の距離は少しずつ離れていく事になるのでした...

引退試合事件

今でも鮮明に覚えています。

例年、3年生の引退試合は秋頃に行われます。

しかしこの引退試合は、学校の定期テストシーズンとモロ被りしていたのです。(普通、定期テストシーズンは1週間のオフが与えられるのですが、引退試合だけは全員応援団として強制参加となっていました。)


多くの同級生は先輩達ともそれなりに良い思い出があったと思いますが、正直な所私には良い思い出があまりありませんでした。

また、これも以前の記事でお話ししましたが、私の所属しているコース(略:Aコース)はその他多くの野球部生が所属しているコース(略:Bコース)とは異なり、勉学も重視されています。

その為、テスト勉強もそれなりに頑張らなければ良い点数を取ることはできません。


そこで私は、応援の合間を縫って応援席で政治経済の勉強をしました。(他にも何名か同じコースの部員も、私と同様に勉強していました。)


しかしこの行動がBコースの生徒の癪に障ることになり、関係性は少し悪化していきます。


これに関しては完全に私が悪いです。

しかも、野球の推薦で入ったはずなのに、気付けば勉強ばかりしていて肝心の野球には全く興味なし。更には怪我してロクに試合にすら出れていない。一体こいつは何しにこの学校に来たんだ。


そう思われても仕方ないような行動ばかり取っていました。

しかし当時の私は、こうでもしないと自尊心を保つ事ができなかったのです。


今までの人生、わりかし順調に来ていた私は「挫折」というものを知りませんでした。


それ故に現実から目をそらし、尊厳を保てそうな「勉強」に逃げ続けていたのです。

最後に

人生、何を優先すべきかで「やるべき事・関わるべき人」は大きく変わります。

当時の私はただ野球から逃げたくて勉強をしたのか、それともただ勉強を頑張りたくて野球部と関わらない方へと進んだのか。

どちらかと言うと前者の気持ちの方がかなり強かったですが、結果として私の人生は良くも悪くも180°変わる事になりました。



次回の記事では、この続きのお話をしていきます。


お楽しみに。


では、本記事はここまでにします。


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