【自分史】12歳編

今回は12歳の頃を振り返ります!

12歳といえば少年野球での出来事や、友達の家でカードゲームなどばかりしていた記憶が強く残っています!

この頃が人生において最も楽しかった気がします...

人生もう一度だけ昔の自分を味わえるとしたら、確実にこの頃を選びますね笑


今回は、そんな12歳の頃の自分を振り返っていきます!



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さて、今回も前回と同様、昔の自分を振り返ってみたいと思います。

12歳

「野球大好き!」

当時はこればかり考えていたような気がします笑

野球大好き!

少年野球チームでの活動自体は未だに緊張していて、毎週土曜日と日曜日は緊張による吐き気に襲われていましたが、それでも野球自体はものすごく楽しめていました。

この頃は主に1番レフトとして試合に出場していました。(この頃は足が早かった...ちなみにバッドは赤色のかっちょいいやつを使ってました⚾️)


最も記憶に残っている試合は、所属しているチームの最後の公式戦にて、サヨナラランニングホームランを打った試合です。

ベンチに帰った後、監督に「お前がやってくれると信じてたよ!」と褒めちぎられた記憶があります笑


本当にこの頃は野球が楽しかったなぁ。


その他にも、Kコーチのアンダースローから投じられる球速がめちゃくちゃ速くて、ビビった記憶があります笑

今思えば、Kコーチのような球を投げたくて、ピッチャーを始めたのかもなぁ。


ちなみに余談ですが、Kコーチはその時2浪していたらしく、当時は浪人って何?といった感じだったんですが、今思うとKコーチもなかなか大変な道を歩んできたんやなぁと、なんだかしみじみします笑



また、この頃特に記憶に残っているものとして、ヤクルトジュニア(プロ野球チームのヤクルトのジュニアチームです。)のセレクションで最終選考まで残ったことがあります。

野球を本格的に始めてから1年も経っていないのに、ここまでこれたことは少し自信になりました。(余談ですがセレクションの場には、今ではかなり有名な人もちらほらいました〜)

ちなみに最終選考でなぜ落ちてしまったのかというと、投手登録で受けたはずなのに、ピッチング練習をすっぽかして、他のところに行っちゃってたからなんですよね...(少し後悔)


もし受かっていたらまた違う道に行っていたかもしれませんが、良い意味で本気で野球をしている同年代の子達と関われたとても良い経験になりました!

ちなみにこの経験から、中学では本気で野球をやろうとしている人とはあまり合わないなぁと感じ、シニアやボーイズに行くことを辞めました。

この選択に関しては、後にとても良い結果をもたらしたなと、今振り返ると思います。

身の周りでの出来事

そろばんの市大会で2位→県大会に出場&珠算・暗算1級を取得したのを機に完全に熱が冷め、長く続けた唯一の習い事を辞めました。

県大会では、本当の天才っているんやなぁと感じ、本当の意味で負けを悟ったのを覚えています。おそらくこの経験から、自分が勝てなさそうな領域では即座に身を引く癖が付いたのだと思います。

暗算に関しては、試験前日の予行練習で満点を取ったものの、本番では時間配分を誤り、最後まで解き終わらないという失態を犯しました...(解いた範囲は満点、しかも満点合格の場合新聞にも掲載されたという...)

これまたやらかしたなぁと感じた瞬間でした。


暗算とは打って変わり、珠算はかなり苦手で、本番前の練習でも一回も合格点を取ることができず、どうせ本番も落ちるんだろうなぁとか思ってたんですが、結果はなんと245点/300点(合格点240点)でギリギリ合格笑

練習では一回も出なかった点数が本番で出たという、最高の結果になりました!(この頃から、無駄に本番に強いタイプになった気がします。アホほど緊張はしますが...)


とまぁこんな感じで珠算・暗算ともに1級を取得し、段の試験を受けようかなと思っていたんですが、この頃には完全にやる気喪失。そして野球への熱が高まっていたこともあり、そろばん塾を辞めることにしました。


この塾は先生が1人しかいないにも関わらず、生徒は50人以上おり、しかも月謝はたった4000円という超優良な塾でした。

県大会に出場した帰り道には先生がパフェも奢ってくださり、塾長の人柄もとても良い最高の塾でした。

ご高齢だったこともあり今ではそろばん塾をたたんでしまったそうですが、今でも私にとって掛け替えのない大事な恩師の1人です。

そろばんを通じて、本当に多くのスキルが身に付きました。これについてはまた別の記事で詳しく述べたいと思います。


その他に身近な出来事として、学校関連でいうと、修学旅行がものすごく記憶に残っていますね。

日光江戸村での大雨、そしてホテルでの禁止区域への立ち入り、最後解散する際におもちゃの音声を鳴らして先生に大激怒されるなど、とにかく色んな楽しい思い出が蘇ってきます。


その他にも学校関連では「密告」という裏切りを受けた記憶が鮮明に残っています。

確か生徒会室で、ペットボトルの蓋を教室の窓から遠くまで飛ばす遊びを友達としていたんですが、それを某M君に密告されたんですよね。

今でも覚えてますね〜

言うなら直接言えば良いのに、なんで先生に言うのかなぁと。

結局先生にはこっぴどく怒られたんですが、なぜか一緒に怒られた友達との仲はより一層深まったんですよね。


なんだかんだ良い結果に収束しましたが、この経験以降「密告」はされたくないし、したくもないと、自分の中で硬く誓うようになりました。


他にも学校関連では、将棋クラブでの活動にどハマりしたことを覚えています。

意外かもしれませんが、私、めちゃくちゃ将棋が好きなんです。(多分ハチワンダイバーの影響がでかい...)

相手の思考を読み、戦略を練り上げ、そしてそれが思い通りにいった時の快感といったらもう...

言葉では言い表せないくらいの感情がこみ上げてきます笑

好きだった事

小学6年生の頃の私はとにかく足が早く、50m走も確か6秒台でした。

その為、運動会では代表リレーのアンカーとして全員抜きを達成、そして小学校対抗運動会でも100m代表選手として選ばれました。

今でも覚えてるんですが、当時仲の良かった友達に「運動会の奇跡」みたいな名前で新聞を書いてもらいました笑

めちゃくちゃ自己肯定感が爆上がりしましたね...
(ちなみに超余談ですが、運動会で食べるお弁当が大好きでした。特に唐揚げ...最高すぎる🤤)



その他には安定のカードゲームとモンハン、そしてパワプロ三昧。

モンハンに関してはバグ猫(アウトなやつ)を友達から譲り受けて簡単に全クリしたのが記憶に残ってますね〜(ダメなやつ)

パワプロに関しては友達の家でいかに強いキャラを作れるか、朝から晩まで集中して取り組んでいました。

ちなみに今振り返ると、この頃は「ゲームの攻略本」を読むのがものすごく好きでした。

実際にプレイするわけではなく、ただ攻略本を眺める。
それが当時は最高に楽しかったのです。


カードゲームに関しては、ハマりすぎてBOX買いをしたり、時には単品買いをしたこともありました。

当時はモモタロウやグルグル大帝国などのゲーム/カードショップが全盛期だった為、土日には父の車でよく連れて行ってもらいました。(めちゃくちゃ楽しかった...)


もう本当に、この頃からゲーム関連の事が大好きでしたね...

嫌いだった事

本を読むのが本当に苦手でした。

読めた本も、デルトラクエストと怪談系のものくらいで、それ以外のものは一切読んだことがありませんでした。

今でも本を読むのが苦手なんですが、おそらくこの頃に本を読む練習をしてこなかったからなんでしょうね...

少し後悔が残ります。

母親談

心体共に一番成長した時期だと思います。

成長期が周りよりも早かった気がする。5・6年生の頃は膝が痛い痛いと言ってて、身長もグングン伸びていた。(身長がこの後あまり伸びる事がないという事は、知る由もなかった。)


野球に関しては まさかのヤクルトジュニアの最終選考まで進んでしまい、お母さん慌てて選考会場の球場迄の道を夜中にお父さんに教えてもらいました。

あと、小学校の最後の運動会でリレーのアンカーになって、2人を抜いて1位でゴールしたのを鮮明に覚えてる。担任だった宮田先生にも会う度に言われた。

5・6年生で色んな部分が180度変わって、性格も積極的になって、運動嫌いだったのは何だったんだろうって思うくらいスポーツが好きになって...自分に自信を持てる様になれたからなのかな。

この頃が一番良い時代だった気がする。

話を聞いて

やっぱりこの頃が1番良い時代だったというのは間違いなさそうですね...笑

最後に

少年野球が1番楽しかったなぁ。

野球をやってなかったら一体どんな人生になっていたんだろう。

それくらい、野球を通じて多くの事を学びました。

楽しいことも辛いことも、全て野球から学んだ気がします。



では、12歳の自分史の振り返りはここまでにしたいと思います!


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