【自分史】4歳編

今回は、4歳の自分を振り返りたいと思います。

まず、前回の記事の補足として、父は私と一緒にお風呂に入ったりしてくれていたそうです。

また、母のお腹に妹がいた時、切迫早産で母子共に危なくなって入院した際も、毎日仕事が終わった後に私を連れて病院に行っていたそうです。母が居なくて寂しい思いをしている私が母と少しでも話せるよう、毎日通ってくれたそうです。


今、留学していて1人でいるからという事もありますが、泣きましたね。どうも私は、父にも母にもかなり恵まれているようです。嬉しい限りです。

4歳

「幼稚園入園」+「お引っ越し」

これが1番の出来事でした。

幼稚園入園

幼稚園入園後はサッカーチームに入ったものの、ボールを触るのが嫌いで、いつもグラウンドの端の方で突っ立っていました。

そもそも1人でいる事が好きだったので、人と関わる事が苦手だったのかもしれません。なので幼稚園にいる時は、基本的に虫と遊んだり、ウサギに葉っぱをあげたり、遊具で1人で遊んだりと、とにかく1人で行動するようにしていました。


その中で4歳の時に出来た唯一の友達は、ヒヨコみたいな顔をしていた人でした(今では顔も名前もあまり覚えていないのですが、ヒヨコという印象だけ強く残っています)。

彼とは特に何かあったわけではないですが、なんとなく友達だった記憶が僅かに残っています。


とにかく、人と関わるのが嫌いだった+運動するのも嫌いだった事は鮮明に覚えています。


人に話しかける事に対して恐怖感を抱いていて、自分の殻の中に閉じこもっていたかった印象が強いです。

「誰にも干渉されたくない。1人でいたい。」その気持ちが特に強かった記憶があります(確実に今の自分にも引き継がれているような気がします...)。

お引っ越し

もしかすると時期は若干ズレているかもしれませんが、幼稚園入園後からは新しい家(アパート)に住んでいた記憶が鮮明に残っています。

ここでは言えないようなトイレ事件や、廊下に追い出されて泣きながら当時大嫌いだった味噌汁とナスを食べさせられた事など、家での記憶の方が幼稚園よりも鮮明に残っています。


また、基本家にいるのが好きだった私は、家ではずっとゲームをしていて、家の絨毯は電車の線路だった事を覚えています(エメラルドとF-ZEROファルコン伝説ばかりやってたなぁ)。


寝室は畳の上で、この頃から、畳の上で布団を敷いて寝る事が好きになったことも鮮明に覚えています。


休日には家の前の庭で自転車の漕ぐ練習をしていて、初めて取れた補助輪は左側だった事を覚えています。補助輪が片方取れた後は、ずっと同じ回転で回っていました。きっとこの時の影響からか、体のバランスが少しおかしくなったのだと思います。


家の裏には川もあり、夏にはザリガニを捕まえにいきました。

竿に乾いたイカを括り付け、ザリガニの目の前に落とす。そこに食いついた瞬間に引き上げる。

この頃の遊びが何より1番楽しかったなぁ。と今では思います。

ザリガニをたくさん捕まえて持ち帰って怒られたのも良い思い出です。


そしてこの時期は、祖父・祖母の家によく遊びに行きました。

セミの鳴き声を聞きながらスイカを頬張っていた夏の風景が、今でも忘れられません。1番好きな果物(野菜)がスイカなのも、きっとこの影響が強いのだと思います。そして1番好きな季節が夏なのも、夏には楽しかった思い出が多く詰まっているからだと思います。

それくらい私にとって、「夏」という季節は幸せなものでした。


夕暮れ時の畑の風景、そして風鈴の音、蚊取り線香の匂いを嗅ぎながら食べる夏野菜の味は今でも鮮明に覚えています。

春や秋、冬の記憶を全く思い出す事が出来ないのも、それくらい夏が大好きだったからなのだと思います。

本当に夏が大好きな人間でした。


また、確かこの時期には、父の妹の結婚式に参加した記憶も若干ながら残っていて、何か機械のおもちゃをもらったような記憶も...。

そして父の妹とその旦那さん(まだ彼氏だったかも)が一緒に住んでいた家に遊びに行き、父方の祖母が運転する帰りの車の中で、ポテチを頬張っていた記憶もあります。なぜかこの記憶だけは鮮明に残っていて、とても寂しかった記憶として残っています。

仲の良い人と離れる寂しさ・辛さをこの時に学んだからこそ、ずっと同じ仲間でい続けたい、変わりたくないという思いが芽生えたのかもしれません(今の自分に繋がっているような...)。


なぜかこの時期は、父方の祖父の家での記憶が鮮明に残っていますね。

母親談

父曰く、体幹がとても強い子で力も強かったそう。

また母親曰く、幼稚園の年少さん(4歳)の頃は正直、妹の面倒を見る事が大変で、あまりこれといって覚えてはいないそうです。しかしその中でも、おとなしい性格だった事、我を通すような感じがなかった事は覚えているそうです。

友達と大人数で遊んだりする事が苦手で(一緒にやろうと誘われてても、首を振って断る様なタイプ)、そういう友達を少し離れた所から、じっと見ている感じだったそう。

いつもそんな感じだった為、母が担任の先生に聞いた事もあるらしいのですが、先生曰く、一緒には遊んでなくても、気持ちで一緒に遊んでいるんですよって言われた事をすごく覚えているそう。また、なんだかホッとして、そういうタイプなだけなんだなぁと感じたそうです。


話は変わり、妹が生まれた事に対してあまり関心を示さなかったらしいです、自分。普通だと、多かれ少なかれ上の子は赤ちゃん帰りしたり、逆にすごく可愛がったり...というのがあるそうなのですが、それも全くなかったらしいです。

母曰く、今思えば、妹の発育で心配な事が多く、その事で毎日悩んだり心配していた為、そんな母を見てて無意識に自我を押さえていたんじゃないかなぁと(いずれにせよ、それがなくてもおとなしい子であった事に変わりはないらしいです)。

また、身体がガッチリしていて(ぽっちゃりはしているけど骨も太いって印象らしい)、病気もほとんどした事がない為、かかりつけ医というのがなかったそう(花粉症程度)。

話を聞いて

人と関わるのが苦手というのは変わってないですね...

また、妹に無関心だったのも、自我を押さえていたからなのか、それとも母親を妹に奪われたと思い無視していただけなのか、どっちだったのだろうかと疑問。

いずれにせよ、寂しかっただけなのかもしれないなぁ。

最後に

なぜか分からないですが、当時の事を思い出しながら書いていたら泣いてしまいました。

特にザリガニを釣っていた時の事を思い出すと、なぜだか泣けてくるのです。

本当はあの頃に戻りたいという想いと、それではダメだと強引に進もうとする想いが互いに引っ張りあっているのかもしれません。


もしかすると私は、変わる事を恐れ、昔のままでい続けたい人間なのかもしれません。


今でもそうですが、昔のままが良いという強い想いがあり、それ以上の幸福を感じられないが為に、新しい事に挑戦する際、一歩踏みとどまってしまう癖が生まれてしまったのかもしれません。


昔の自分を紐解いていくと、今の自分の行動、性格、判断基準に色々と納得がつきます。

今の自分が書いているので記憶補正がかかっている可能性もありますが、昔の自分は今の自分の「性格面」の80%程度を作り上げているように思います。


この4歳当時の自分は、

・1人が好きで、人とコミュニケーションを取るのが苦手。
・親戚は大好き、仲の良い人と少しでも離れる事が嫌。

という事ですね。


幼稚園という括りの中で思い出している記憶なので、色々と時間的ラグがありそうですが、これもまた親族がコメントしてくれるでしょう。


ではまた!

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